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民法(債権法)改正の手続上の問題と実務への影響等 – 弁護士鶴間洋平の「新時代のプロフェッションを目指して」
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民法(債権法)改正の手続上の問題と実務への影響等

先週は、第一東京弁護士会新進会幹事長として、第一東京弁護士会全期旬和会との共催企画である講演会「民法(債権法)改正の進捗と問題点--誰のため・何のための改正か--」に出席。講演をお願いするのは、上智大学教授の加藤雅信先生。加藤教授は、民法の理論面だけでなく実務に及ぼす影響等の観点から、現在法務省主導のもと進められている民法(債権法)改正問題について警鐘を鳴らされている第一人者です。

加藤教授は、今回の講演会で、何故「債権法」のみを改正するのか、債権法改正案のイメージおよびその問題、債権法改正に対する社会の反応等について解説して頂いた後、なぜ各方面からの反対が強いのに法制審で通っていくのかについて謎解きをして下さいました。いやはや魑魅魍魎の世界、恐ろしいものです。

加藤教授の講演は47頁ものレジュメを全部使い切ったものでしたので、その全てをブログに掲載することはできませんが、実務家の観点としては、法改正が実現した場合の社会への影響が気になるところです。ここから下は、加藤教授のご見解ではなく、従来からの知見に加藤教授の講演をプラスしての私見になります。理解が誤っていたり表現に不正確なところがある場合、ひとえに私の責任です。

さて、今回の民法(債権法)改正が実現すると、現在の実務のルール(現在の民法典だけでなく判例等によって積み上げられた法規範)とは異なるルールが条文に明記されていきます。「ルールが変わったので変わったルールに従って社会が動いていくことになる」というだけであれば、さほど問題はありません。新しいルールを勉強するだけです。

しかし、今回の民法(債権法)改正は、そのルール自体にかなり問題があります。そもそもの発想の起点が、時代遅れの法律を改正するという観点ではなく、日本の民法を国際的ルールに近づけようとの観点からであり、日本の民法を、EUでの債権法統一の流れのなかで制定されたウィーン売買条約に準拠したものに置き換えようというものです。

このウィーン売買条約ですが、できるだけ多くの国家が加盟できるように妥協の産物としてできあがったもので、ずいぶんあいまいで不安定なもののようです。島田真琴先生の「イギリス法との比較による債権法改正基本方針の検討-国際取引法務の観点から-」慶応法学第19号471頁(2011)の表現によると「そのようなあいまいで不安定な法規は、取引実務上の予測可能性を害するので、取引社会に敬遠される。その結果、国際取引上の当事者は、ウィーン売買条約の適用をできる限り避けようとするのである。これと同じ傾向は、日本以外の締約国の法律実務家からも指摘されている。」とのこと。日本国内での企業間取引でも、これまでのような「取引上の約束の骨組みは法律に委ねておいて任意法規と異なることや法律でははっきりしない部分だけきちっと書いておく」というスタイルの契約書ではなく、長々とした契約書が主流になるのかもしれません。

また、現在実務上安定して運用されているルールが変更されることによる社会への影響は相当な大きさでしょう。一つ具体例を出すと、債務不履行に基づく損害賠償義務について、これまで故意・過失といった帰責事由が必要とされているものを、「契約において債務者が引き受けていなかった事により債務不履行が生じたときには、債務者は・・・損害賠償責任を負わない」との規定に置き換えようとしています。

従来の規定と判例等によって積み上げられたルールは、数多くの事案をもとに社会内の諸々の利益衡量を経て作りあげられたもので、枝葉の部分が新たな立法や判例変更等によって修正されることはあるとしても、具体的事案に適用した場合の結論の妥当性や予測可能性に優れたものです。

これに対し、ルールの根っこや幹の部分を変更すると、そのルールの枝葉の部分を社会内の諸々の利益衡量を経て安定したものとするために相当の時間を要しますし、その間は法的に相当不安定な状況が出現するはずです。条文を詳細にするといっても、我々弁護士といった専門家だって、裁判所でその条文がどのように解釈されるべきか確信が持てませんし、権利濫用・信義則といった一般原則がどこに食い込んでくるかもわかりません。一部の人々が懸念するような、ルールそのものが中小企業や社会内での弱者に不利なものとなるとの心配はあまりないように思いますが、そういう過程を経てルールが固まってくるまでの間は、取引をしてもその後何がどうなるか安心できない状況になるのではないかと思います。

そういう状況になると、まじめに仕事をしている人たちが弁護士等の専門家に相談したいと思う場面は相当増えるでしょうし、そのためのコストもかかってくると思います。社会がトータルで負担するリーガルコストも相当のものになるのではないでしょうか。弁護士にとっては「特需」になるかもしれませんが、それが社会全体にとって幸せなことかどうか・・・。

いずれにしろ、民法(債権法)改正については、まだ現在進行形ですので、利害関係のある多くの人に、一度考える機会を持って欲しいように思います。

最後に、加藤教授の民法改正に関する書籍を1冊ご紹介します。